r.o.m.o.トップページ > 木もれ陽だより > 甲斐みのりのロマンチック案内



1976年静岡生まれ。文筆家。大阪芸術大学卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京にて、雑誌や書籍で執筆を行う。また、「女性の永遠の憧れ」「叙情のあるものつくり」をテーマに、雑貨の企画を行うブランド「Loule」(ロル)を主宰。著書に『乙女の京都』『乙女の東京』『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』(以上すべて小社刊)、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内〜』(祥伝社)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『クラシックホテル案内』(KKベストセラーズ)、『乙女みやげ』(小学館)、『ジャーナル』(mille books)などがある。http://www.loule.net



女性はみな、父親の娘である。
あたりまえのそんな事実に
思春期の頃は嫌悪を覚えたこともあるけれど、
20代半ばを過ぎてから、静穏に受けとめられるようになった。
みんなどうだろう。
いつから父親に、やさしさを返せるようになったのだろうか。
思い出。葛藤。厳しさ。やさしさ。教えられたこと。
作家たちや、作家の娘たちのそれを知りたいと思うようになって、
父と娘の関係を垣間みることができそうな本を見つけるたび手にとる。
仕事部屋の、自分なりに蔵書をテーマ別に分類した本棚の中、
幸田文『父・こんなこと』
森茉莉『父の帽子』
向田邦子『父の詫び状』
など、特に知られているものも並ぶ、
「娘が父を描いた本」の一部から抜き出した4冊。
女性はみな、父親の娘だから
これらの本に描かれたことに、なにかしら
甘いような懐かしいような、
感情や記憶を重ねられるはずである。



『晩年の父 犀星』(講談社)室生朝子
室生犀星『杏っ子』のモデルとなった娘の朝子さん。
ふたりは親子でありながら、男として女として、
まるで恋人のように互いを思い見つめた。
もちろん父は男性であり、娘は女性なのだけれど。
『晩年の父 犀星』はいま、
『おでいと』(ポプラ社)で読むことができる。
女の一寸した動作にでも、その女その女の持っている美しさを、いつも発見している父は、娘の私にまでも、それを求め、ほかの男性の目に映る角度を、教えてくれたりなどした。
もし愛している人の言った言葉なら、その一言の端にでも強い心の動きを感じ、抱きしめたいと思うことがある。それと同じ感情を、時々私はあるきっかけに、父に対して持ったことがあった。可愛いとか、いとしいという純粋な、女が男に対しての衝動であった。
~どちらも『晩年の父 犀星』(講談社)より~


『父・藤沢周平との暮し』(新潮文庫)遠藤展子
室生朝子さんが父親譲りの独特なリズムで言葉を綴っているのに対して、
展子さんの父親語りは、素朴で温かい。
すぐ隣で思い出話しを聞かせてもらっているような親しみやすさがある。
展子さんの生母は、展子さんが8カ月のとき病気で亡くなった。
だから展子さんは父親が再婚する6歳頃まで、男手で育てられた。
一生懸命な父の姿を、じっと見つめていたのだろう。
実直な父親と、おおらかな娘。
その関係は、表紙に使われている写真を見ただけで分かる。
ある親子の、なにげない出来事に、
「私の父はこうだった」と、ひとりごとをつぶやきたくなるのだった。
父は、子守唄代わりに、レイ・チャールズの「愛さずにはいられない」を歌って聞かせてくれました。というのも、父には満足に覚えている童謡がひとつもなかったのです。父の歌声にあわせて、私も一緒に声を出していたそうです。
「展子のこういった出来事は書き残しておかなければいけない」
と、父はメモに書いていますが、書き残すまでもなく、父にしがみついて泣いていた記憶は、赤い三輪車とともに、私の脳裏にしっかりと刻み込まれています。
父は物事にこだわらないのではなく、普通でいること、平凡な生活を守ることにこだわっていたのです。普通の生活を続けることの大切さや、普通でいることの難しさを、私は父から教えられました。
~すべて『父・藤沢周平との暮し』(新潮文庫)より~


『父のいる光景』(中央公論社)森村桂 *絶版
森村桂さんの父親は、作家・豊田三郎。
のちに娘が小説に描いた『天国にいちばん近い島』、
ニューカレドニアについて語ってくれた人である。
桂さんがこの本を書いたのは、
父親が亡くなったのと同じ52歳のとき。
父親を失ってからの桂さんは、毎日毎日、泣いたという。
「明日から、書くぞ」
「家族のこと・・・。桂の小さい時のことやなんか」
そう言って、いなくなってしまったのだから。
父親と過ごした日々を回顧する娘たちはみな、同じことを伝えてくる。
いま、できることはしておくべきだと。
美しい人を見ることをよろこび、うらやんだりねたんだりすることを知らずに生きた父。その父はある時娘にとって残酷であり、あるいはグズに思えたけれど、しかし、父はもしかして、ある清らかな世界を知っていたのかもしれない。
父は、人間にとって、幸せとは何かを、娘にいつかわかってもらいたい、と考えていたような気がする。
幸せとは、名誉でも、物質でもない。また、人に恵まれ、あたたかい中にいるだけで幸せといえるわけでもない。自分が幸せな気持ちでいられることであったのだ。
~『父のいる光景』(中央公論社)より~


『父の縁側、私の書斎』(新潮文庫)檀ふみ
落とし物を捜すように、
書店に平たく並べられた本をじっと眺めて歩を進めていたとき。
すっと表紙の写真に惹き込まれ、手にとった。
縁側のふたり。父と娘。
家族や親子の間になにが起きていたとしても、
この写真は、やさしい父のしるしのようだ。
『檀流クッキング』など、檀一雄の料理本を好むものからしたら、
担当編集者でも友人でも妻でもなく、
娘による父の料理姿の描写はなんとも楽しい。
作家を父に持つ娘は外から見るより複雑だろう。
けれども、ふみさんの快活で軽やかな「家・父・暮し」語りは、
読んだ後味がいい。
ただ回顧するだけではない、娘独自のエッセイの、
名脇役として父親が登場しているようなのだ。
父がいちばん愛したのは「生活すること」。父の遺したものたちは、そう私に語りかけているような気がする。
~『父の縁側、私の書斎』(新潮文庫)より~


