r.o.m.o.トップページ > 木もれ陽だより > 甲斐みのりのロマンチック案内



1976年静岡生まれ。文筆家。大阪芸術大学卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京にて、雑誌や書籍で執筆を行う。また、「女性の永遠の憧れ」「叙情のあるものつくり」をテーマに、雑貨の企画を行うブランド「Loule」(ロル)を主宰。著書に『乙女の京都』『乙女の東京』『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』(以上すべて小社刊)、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内〜』(祥伝社)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『クラシックホテル案内』(KKベストセラーズ)、『乙女みやげ』(小学館)、『ジャーナル』(mille books)などがある。http://www.loule.net



毎年、春先になると体のバランスが傾く。
冬を抜け、これから始まる、花と緑が彩る温かな季節を前に、
気持ちは浮き足立つというのに。
春一番が吹いた日、高熱に襲われた。やはり、今年も。
ベッドに横たわり、早く冷まさなければと思う。
冬の間から、まるで春を待つように、
イイダ傘店の展示会を楽しみにしていたのだから。
幸い、展示会場は家から歩いてもすぐの場所が会場。
まだ体は熱いままだけれど、なんとか最終日に駆け込む。
雨ではなくて、光を受けとめるための傘を
眺め、囲まれ、手で触れていたら、
それまでの熱が、優しくぽかぽかと体を温め始めた。
まるで春が、私の中にも、やってきたように。



展示会会場は、中目黒の自宅からすぐの茶屋坂を上り
さらにしばらく歩くと辿り着く、リムアート別館。
白くシンプルな空間に、傘とレースと差し込む光、
うっとり佇む人影が詩的に溶け込み、情緒的。
次に次にと、絶え間なく尋ねてくる人の大半は、
愛らしく着飾った女性客。
宝石を手にするように、そっと傘に触れて開き、
くるくるとまわしたり、内から外から眺めたり、
楽しそうで、幸せそう。


床に水玉模様をつくっているのは、世界中から集められた、
ドイリーと呼ばれる手編みのアンティークレース。
本来の用途は、花瓶などの下敷にする、卓上用の小形の敷布。
柄や大きさ、同じ白でも少しずつ色が異なる中から好きなものを選び、
日傘の先に飾り付けしてもらうことができるのです。
傘にとりつけられたドイリーは、まるでブラウスの襟のよう。
それから、ぽつんと貼付けられた赤いシールは、予約済みのしるし。
傘に生まれ変わるときを、待ちわびている。


壁の一面に並んでいるのは、紙の中に写し出されたドイリーの模様。
押し花のようにも、顕微鏡でのぞいた植物の細胞のようにも見える。
イイダ傘店の展示会の楽しみは、傘そのものとともに、会場の演出。
ときに傘の花園、ときに傘の雨、ときに傘の水たまりのような。
イイダ傘店の代表で、傘作家の飯田純久氏が携わった映画や舞台でも、
傘が演出のうえで、大きな役割を果たす。
イイダ傘店の展示会があるのは、年に2回。
春は日傘、秋は雨傘。
季節の風物を愛でるように、春と秋、
イイダ傘店の傘に会いに行く。


波刺繍、ダイヤ、のり弁、スイートピー、めん棒、ニチニチ、
ブロッコリー、水彩雲、オヤドリ、コショウ、ポピー。
これらは、イイダ傘店の傘が
洋服のように身につけている、テキスタイルの名。
いろとりどりで愛らしく、ときにちょっと風変わりな柄たち。
その生地を使ってつくられたのが「コマバック」。
コマは、漢字で小間と書き、傘の三角形の布地部分のこと。
一等おしゃれをしたときや、着物姿のお供にしたい。
バックの右側に添えられた傘は、
コマバック下段左と同じのり弁の柄。
赤いボタンは梅干しです。


