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甲斐みのりのロマンチック案内 旅、街歩き、お菓子、器、洋服、お酒、読書、音楽…etc。愛らしく美しいもの、澄んだもの、おいしいものや、おしゃれなど。『乙女の京都』、『乙女の東京』、『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』の著者、甲斐みのりさんが日々の中で、見つけたり、出会ったり、気になったり、ロマンチックを感じるモノやコトを、写真に短いエッセイを添えてご紹介する連載が「甲斐みのりのロマンチック案内」です。少しの間、日常の忙しさから離れて、どうぞゆっくりと、ご覧ください。

甲斐みのり(かい・みのり)

1976年静岡生まれ。文筆家。大阪芸術大学卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京にて、雑誌や書籍で執筆を行う。また、「女性の永遠の憧れ」「叙情のあるものつくり」をテーマに、雑貨の企画を行うブランド「Loule」(ロル)を主宰。著書に『乙女の京都』『乙女の東京』『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』(以上すべて小社刊)、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内〜』(祥伝社)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『クラシックホテル案内』(KKベストセラーズ)、『乙女みやげ』(小学館)、『ジャーナル』(mille books)などがある。http://www.loule.net

07 ホテルニューグランド

これまでいったいいくつの恋に落ちたか。
数えたり、深さに順序をつけるのは野暮だ。
きっともうこの気持ちに終わりなんてなくて、
果てしなく続くような気がしたのや、
しばらくふわふわ浮かんだあと、
しゃぼんのように弾けた、一瞬ほどのまで。
ひとりひとり、ひとつひとつ、恋のかたちはどれも違って、
思い出せばどれも甘く淡く、やるせない。
好きや恋のはじまりの一理は、
“直感”、“いつのまにか”、“なんとなく”、が主。
それでもたいてい、きっかけ、みたいなものがあって、
そのきっかけこそ、ひとつの恋を終え幾年か過ぎたあと
ふとした瞬間、ある恋の記憶を呼び覚ます鍵となる。
そんな、好き、という特別な感情にかられた瞬間のきっかけ、
過去となった今こそロマンチックに反芻できる、
思い出の一片を記します。

ロマンチック 現実を離れ、情緒的で甘美なさま。また、そのような事柄を好むさま。空想的。風景、もの、こと、人、場所、想い、出会い、目にして、触れたとき心がユラリと揺れるような甘く、優しく、ふんわりとした気持ちになれる、さまざまを、ご案内いたします

TUGUMI 吉本ばなな

綺麗な色に包まれた、吉本ばななさんの小説『TUGUMI』。
山本容子さん挿画の表紙を見れば初恋を思い出し、
初恋を思い出すたび、花と鳥の絵が浮かぶ。
中学一年生のある日の放課後、薄暗いゲタ箱で。
毎日、口喧嘩の絶えない、隣の席の男の子から手渡された。
「もう読み終わったし、すごくいい本だから貸してやる」。
乱暴な物言いで突き出されたその本が、あまりに美しかったのと、
テレビや新聞でたびたび聞いたことのある話題の新人小説家の、
少し風変わりな名前に惹き付けられ、抵抗なく受け取った。
趣味は読書、そう言いながら、これまで読んだ本といえば、
日本文学全集におさめられている、あまりに有名な純文学ばかり。
つぐみだ、まりあだと、今まで出会ったことのないような名前。
本当にこんな子いるの、こんなふうに生きてみたいと憧れ抱く、
わがままだったり優しかったりする、性格と家庭環境の女の子たち。
小説の中の世界にこれほどまで感情を移入したのは初めてだった。
そして思う。あの子は、こんな小説を読む人なんだと。
小学生気分抜けきらぬ悪ガキだと思っていた男の子が、
本当は自分よりずっと大人びていると気がつき、胸が痛んだ。
胸の痛みは、本を返すときにも同じように訪れた。
その二度目の痛みこそ、初めての、恋に落ちたしるし。
彼から借りた本が手元から去ってしまうのが、
淋しくて切なくて仕方なかった。

north marine drive

Ben Wattの「north marine drive」というレコード1枚。
抱えてやってきた彼は一番に、
「You're Gonna Make Me Lonesome When You Go」という、
Ben WattによるBob Dylanのカバー曲をかけた。
おもちゃみたいなレコードプレイヤーから流れてきた、
ジャケットに写るモノクロームの海みたいにひんやりしたような、
悲しみを知った人がほのかに優しいような、
隠された涙のように切ないような、歌声と旋律。
そのとき、その歌の歌詞の意を解してはいなかったけれど、
「この歌、聴かせたかった」、彼の言葉が届いた瞬間、恋に落ちた。
その歌に歌われていた気持を知ったのは、彼と別れたあと。
「きみが行ってしまったら、ぼくは淋しいよ」。
タイトルと同じ、どうしようもない淋しさを越えて今、
この歌が流れている間、優しい気持ちになれる。

エリック・サティ

エリック・サティに導かれた恋があった。
初めてその人の部屋を尋ねたとき、耳に残った音楽。
そのピアノの音が忘れられず、
家にあった同じ曲を演奏したCDを毎日聴いて過ごした。
エリック・サティの「ジムノペディ」。
聴くたび、彼の指を思い出す。細くて長い指。
それが、彼の指を思うのが、恋だと気がつくのに、
いくらかの時間がかかった気がする。
大阪の百貨店で開催された「エリック・サティ展」。
お土産にと、図録と、楽譜を写した小さなポスターをもらった。
厚ぼったい図録を抱えた、かたちのよい彼の手。
その手に触れたい、手をつなぎたいと、心から思った。
本当はあのとき、音楽はなにも流れていなかったのかもしれない。
記憶の中、静かに聴こえるサティ。
ロマンチックな思い出として、
私が無理矢理くっつけてしまったのかどうか、さだかでない。

手

男の人の手が好き。
すらりと長い指、形のよい爪、
なにもかもを簡単に包み込んでしないそうな大きな手のひら、
そんな綺麗な手に見惚れることもあれば、
無骨で不器用そうな手にも惹かれる。
恋、とはなにか。
考え見つけた答えのひとつが、
「この人に触れたい」と思うこと。
触れたいは、触れてほしいという願いでもある。
触れたい、触れてほしい、そんな思いに、
これは恋だと、気がつかされる。
恋に落ちるということ、人を好きになるということは、
その人の手までも、指の先までも、愛しいと思うこと。

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MARBLE BOOKS 甲斐みのりさんの著書 好評発売中 乙女の京都 乙女の東京 京都ロマンチック案内

 バックナンバー

01 「イイダ傘店 平成二十一年春 日傘展」

02 「ロマンチックに酔うために」

03 「第十一回亀倉雄策賞受賞記念 植原亮輔展」

04 「恋に落ちた瞬間」

05 「『乙女の大阪』写真の奇跡」

06 「竹皮編み展」

07 「ホテルニューグランド」

08 「甘いしみ 苦いしみ」

09 「涼しい和菓子」

10 「祈りの場所」

11 「夏の思い出」

12 「雑司ヶ谷散歩、鬼子母神堂あたり。」

13 「ロマンチックな甘い粒。」

14 「ところどころ」に、ロマンチック。

15 「ロマンチック競馬案内」

16 「大仏、サブレー、コケーシカ。」

17 「ねこ、ねこ、毎日。」

18 「ベッドサイドブック」

19 「4th-market 企画展 作り手と使い手」

20 「娘であること」

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