r.o.m.o.トップページ > 木もれ陽だより > 甲斐みのりのロマンチック案内



1976年静岡生まれ。文筆家。大阪芸術大学卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京にて、雑誌や書籍で執筆を行う。また、「女性の永遠の憧れ」「叙情のあるものつくり」をテーマに、雑貨の企画を行うブランド「Loule」(ロル)を主宰。著書に『乙女の京都』『乙女の東京』『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』(以上すべて小社刊)、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内〜』(祥伝社)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『クラシックホテル案内』(KKベストセラーズ)、『乙女みやげ』(小学館)、『ジャーナル』(mille books)などがある。http://www.loule.net



キリスト教徒の母に連れられ、幼い頃から教会学校へ通っていた。
父は無宗教だけれど、生まれたばかりのときや、七五三、
なにか行事ごとがあったときの、家族での記念撮影を見れば、
たいていが教会の祭壇前。
日曜日の朝、「こども礼拝」に出席をしたあと、
教会の庭や牧師先生の家で遊びながら、
母が参加するおとなの礼拝が終わるのを待った。
誰がどんな神さまを信じていようとも
その人が自分と同じ人間であることに変わりはない。
もしも自分に信じる神さまがいたとしても、
自分と違う神さまを信じる人を否定してはいけない。
父と母がいつも言っていたこと。
昔も今も、宗教についてはよく分からないけれど、
その国、その土地に根付いた神さまには、
できるだけご挨拶をさせていただいている。
だから、寺も神社も教会も、隔てなく参拝する。
けれども子どもの頃の記憶から、教会という空間では、
特別ななにかに包まれているような安堵を覚える。
キリスト教も、宗派などについては勉強不足でいるけれど、
今まで訪ねた中でも、ロマンチックな建築の教会の数々。



大学時代、すてきな教会があると友人に教えられ、
家から離れたその場所まで足を運んだ「大阪玉造聖マリア大聖堂」。
青い空に浮かび天に向かって祈りを捧げているような
聖マリア大立像が玄関の上に掲げられている。
中に入ってみれば、広々とした聖堂の祭壇に、
堂本印象が描いた、マリア様を仰ぐ細川ガラシア夫人の絵が。
こんなふうに日本的なマリア像を目にしたのが初めてだったので、
強く印象に残っている。
「大阪玉造聖マリア大聖堂」の前身、
「聖アグネス聖堂」が建てられたのは明治27年。
こちらでは、日本語、スペイン語、英語、ベトナム語と、
4カ国の言葉でミサがおこなわれていて、
私はちょうど、英語でのミサに居合わせた。
すぐ近くには、細川ガラシア夫人の、
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
という辞世の句が刻まれた石碑がある。


『乙女の大阪』でもご紹介をしている
大阪は江戸堀の「日本基督教団大阪教会」。
設計は東京「山の上ホテル」はじめ名建築を残した
アメリカ人建築家、W.M.ヴォーリズ。
大正11年の建築物で、赤レンガの壁に、
薔薇窓と呼ばれる円形の飾り窓がついた名建築。
中に入れば奥行きがあって、
ふんわり、まろやかで清らかな空気。
もしも近くに住んでいたら、日曜日のたび通うだろうと
少しだけ惜しいような気持ちにもなった。


ジョン・レノンも定宿としていたクラシックホテル
「万平ホテル」へ宿泊したのち。
旧軽井沢商店街を抜けた林の中にある、
木造の小さな礼拝堂「軽井沢ショー記念礼拝堂」まで足を延ばした。
軽井沢を「屋根のない病院」と讃え、
別荘第一号を建てた、宣教師のA.C.ショー。
軽井沢の父と呼ばれるその人が、
布教の拠点とした小さな教会。
緑の中にひっそり佇み、
静かに祈りを捧げるのにはとてもいい環境。
結婚式のメッカで、いくつかの教会があるけれど、
さらにはもうひとつ。
内村鑑三が「遊ぶことも善なり、遊ぶもまた学びなり」
と唱えたという「軽井沢高原教会」も歴史と趣きをそなえている。


明治23年、京都に建てられたゴシック様式の白亜の教会。
今は教会としての役割を終え、
歴史的建築物の遺産として、
愛知の「明治村」に移築されている。
正面入口には大きな薔薇窓が取り付けられ、
柱が弧を描いて連なる堂内には
鮮やかなステンドグラスの光が差し込む。
神聖だけれどロマンチックな佇まい。
20メートルものバージンロードが続くこの教会では
実際に結婚式をあげることもできる。
歴史的な建築物をこよなく愛する、
建築好きの「建子」(たてこ)な私にとって、
明治村は高揚おさえられぬ理想郷のようなところ。


