r.o.m.o.トップページ > 木もれ陽だより > 甲斐みのりのロマンチック案内



1976年静岡生まれ。文筆家。大阪芸術大学卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京にて、雑誌や書籍で執筆を行う。また、「女性の永遠の憧れ」「叙情のあるものつくり」をテーマに、雑貨の企画を行うブランド「Loule」(ロル)を主宰。著書に『乙女の京都』『乙女の東京』『乙女の大阪』『京都ロマンチック案内』(以上すべて小社刊)、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内〜』(祥伝社)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『クラシックホテル案内』(KKベストセラーズ)、『乙女みやげ』(小学館)、『ジャーナル』(mille books)などがある。http://www.loule.net



麻雀、将棋、競馬……。
賭けごとや、勝負ごとと縁遠いところにいた。
どんな経験も、ロマンスに通ずるとおもう故、
決して興味がないわけでもなかったけれど、とにかく知るすべがなかった。
立派な紳士たちが夢中になるからには、そこになにかがあるはずだ。
そのなにかとは如何にと、長らく気にかけていたものだから、
阿佐田哲也『麻雀放浪記』、
山口瞳『血涙十番勝負』、『草競馬流浪記』
寺山修司『馬敗れて草原あり』など、
手にとってみたりも。
けれども、さっぱり脳裏に刻まれない。
面白くないのではなくて、
いくら時間をかけて読んだとしても、するりと体から抜けてしまうのだ。
それもそのはず。自分で納得してはいた。
なにしろ、経験がないのだから。
麻雀、将棋、競馬が開催される場に居合わせたことのないものが、
言葉だけを追ったところで、高揚までにいたらない。
かといって、積極的に腰をあげるでもなく、いつか機を得たらと思うまで……。
だったところ、そのときがやってきた。
競馬が好きだという人がいて、案内していただけることに。
秋晴れの日曜、府中は「東京競馬場」にて。競馬初体験。



午前8時半。
府中競馬正門前駅から一日の始まり。
ルール一切、知らぬまま、開門前の列に並ぶ。
インフォメーションで親切に初心者へ解説した『競馬カタログ』を受け取り、
まだ人もまばらなスタンド席を確保。
コース外側の緑が「芝コース」、内側が「ダートコース」、あそこがゴールと、
簡単に、目の前に広がる景色について教えてもらって、すぐに「パドック」へ移動。
パドックとは、レース出走前の馬がお披露目される場。
そこでどんなふうに馬が歩いているか状態を見て、馬券を決める参考にする。
タテガミやシッポ、足元など、馬それぞれ、
おしゃれがほどこされていたりで楽しい。
それから、騎手着用の「勝負服」という
馬主によって色と柄が異なるユニフォームも。
なにより、馬の表情や振る舞いを、
コース場より近いところで見ることができて、気がたかぶる。
あの馬かわいいなあ、あの馬はやんちゃそうだけれどやってくれそう、
あの馬は落ち着いていて迷いがない、などと一頭一頭、所感を抱く。
それをまる一日、12レース分くりかえすうち、
すっかりサラブレッドの美しさに魅了されていた。
ちなみにこの日、好意を感じたのは「シェリルピンク」という馬。


レースは一日に12レースほど。
午前10時頃が第1レースで、午後4時頃が最終レース。
ファンファーレが鳴り響き、出走馬がゲートに入ったらレースのスタート。
最初は遠くを走る馬がゴールに近づくにつれ、
観客の声援もどんどんと大きくなって、
ゴールの瞬間どっと、その場の地も空気も地響きするように揺れる。
馬券は100円から買うことができる。
12レース、たっぷり興じて、使った額は2000円ほど。
払い戻しは770円。
勝負というより、まず競馬を経験したいと赴いたから、
200円の入場料と、1300円ほどの負け金でも、じゅうぶん満足。


競馬場エントランスには、カフェやファストフード、おみやげ売場、
ぐるりとコースに囲まれた馬場内には子どもや家族向けの遊具や広場があって、
訪れた人ごと、思い思いに過ごせる。
私たち一行は、時計の針がまだ正午に届かぬうちから、
競馬新聞を持つもう一方の手に、お酒を……。
パドックで馬を見極め、馬券を買い、レース観戦という流れも快かったけれど、
次はぜひ、スタンドや馬場内の芝生で、
読書したり、ゴロンと寝転んで過ごしてみたい。
それから、場内グルメ巡りも。
帰り際、おみやげに買った「キザクラ・ウィニング・カップ」
勢いと疾走感のある、粋なデザイン。


最終レースを終えたあと。
たちまち帰路につくことをせず、みやげもの屋や東門近くの公園で、
ぼんやり時を見送るうち、きがつけば夕焼け空。
人も馬も、誰もおらず、静寂としたコースとスタンド。
コースの中、無機質な光を放つターフビジョン。
東京競馬場は、森茉莉「私の美の世界」でも、賛辞を呈されている。


